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富山県魚津市の郷土民謡 魚津せり込み蝶六保存会のホームページです。

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〒937-0041 富山県魚津市吉島1-12-11

保存会のあゆみcompany

保存会のあゆみ


★保存会のあゆみ

<目次>
せり込み蝶六保存会発足
保存会苦難の道
蝶六の夜明け
せり込み蝶六全国に知れわたる
郷土民謡みのりの会結成
保存会四つのスローガンを合言葉に
伝承者名簿
蝶六保存会歴代会長名
蝶六保存会後援会歴代会長名
レコードカセットテープ吹込み記録
三味線解説
蝶六保存会三味線伝承者
保存会胡弓伝承者
打楽器解説
舞台踊りの解説
主な出演

せり込み蝶六保存会発足Top ▲

 富山県民謡踊り大会で越中おわら節、五箇山麦屋節に次いで三位に入賞を果たした火の宮青年会は昭和21年11月に念願であった保存会を結成し、大沢浩太郎初代会長を中心に県内各地に出演するようになった。
・昭和23年 第3回富山県民謡大会優勝
・昭和27年 魚津市無形文化財に指定される
※無形文化財…形が無い、後世まで残すだけの値打ちがあるとして国や県、市が認めた音楽や技芸などの事。 

保存会苦難の道Top ▲

 昭和31年9月10日、魚津市大火により保存会にとって最も大切な衣装や踊りの道具などが焼失した。しかし、地元有志の熱意により、衣装道具などを揃え昭和32年の秋頃に復活する。 昭和33年の富山県国体には、初めて唄に三味線が入れられた。昭和36年NHKテレビ「ふる里の唄」にせり込み蝶六が初出演し、また昭和37年11月にもNHKテレビ「越路の唄」など出演し、ようやく蝶六の名前も知られるようになった。昭和39年5月には、近畿・東海・北陸十二県伝統芸能大会に出演(三重県文化会館)した際に初めて胡弓、太鼓が入れられた。 しかしせり込み蝶六が広まるにつれて、踊り子も次第に高齢になり火の宮保存会で出演するのが困難になる。 

蝶六の夜明けTop ▲

 昭和40年代の踊りを広めた功労者は熊本義男氏(魚津市火の宮 昭和十三年6月4日生)であろう。 昭和39年大愛メリヤス民謡会をはじめ、市内各校下青年団婦人会など積極的に踊りを指導され、昭和42年11月15日東京で行われた全国青年祭郷土芸能の部で黒部市石田青年団を栄ある優勝に導かれた。又先名幸一、中森重義、笹木幸夫、小川義一各氏達も保存会の若手や地元の児童らを熱心に指導された。 当時舞台踊りはどこの地区でもほとんど踊られていなかった。火の宮保存会の熱心な指導により、次第に市内一円に盛り上がりを見せ、昭和39年9月20日魚津神社境内に於いて、第1回せり込み蝶六競演大会が盛大に行われた。競演前には中央通を各出演チームが街流しを行い雰囲気を盛り上げ、音頭取りはそれぞれのチームを踊らせ歩きながら生の声を張り上げ、一生懸命音頭を取った。それが現在続いている魚津祭り街流しの起こりである。(競演大会は昭和44年まで続く)昭和41年より音頭コンクールも行われるようになった。

・昭和42年8月9日 念願であったせり込み蝶六が初めて東芝レコードより吹込みされ、9月10日アサオ楽器店より発売された。(唄 宮坂彦成)
・昭和43年7月 蝶六三味線育成のため、紙谷朗氏(黒部市石田 昭和15年生)に、水白勉、浜田長蔵の両名が指導を受けた。現在弾かれている蝶六三味線の門付けは紙谷氏の流れをくむものである。
・昭和45年7月 日本万国博をはじめ、東京都多摩市産業祭出演など、この10年間各地から数多くの出演依頼があった。
・昭和40年より3年間大愛メリヤス民謡会が保存会踊り出演に全面協力する。
・昭和41年 魚津せり込み蝶六保存会に変更
・昭和43年6月 せり込み蝶六野方会結成
・昭和44年9月 音頭育成のため魚津市蝶六音頭会結成
・昭和45年1月 せり込み蝶六保存会と野方会が合併
・昭和49年 魚津市表彰
・昭和50年3月 富山新聞 芸能賞受賞 

せり込み蝶六全国に知れわたるTop ▲

 昭和50年代に入ると民謡歌手原田直之、金沢明子の出現により全国的に民謡ブームが起こり、せり込み蝶六保存会にも県内はもとより全国各地から踊りを習いに来るようになった。 せり込み蝶六保存会の各氏は昼夜仕事の合間を見ては、熱心に指導されその努力が次第に実り、昭和56年頃にはせり込み蝶六踊りは全国に知られるようになった。 昭和52年、54年には日本民謡連合会郷土民謡大会ゲスト出演(大阪サンケイホール)をはじめ、昭和56年10月、NHK民謡の祭典出演(東京NHKホール全国テレビ生放送)、昭和58年9月には、文化庁主催芸術祭特別講演第7回日本民謡まつりに中部日本代表として出演(東京国立劇場)、同年11月には第5回国際コミュニケーション記念日本の民謡北から南からに出演(東京中野サンプラザホール)、さらに昭和59年NHK北陸の芸能に出演(石川県金沢厚生年金会館)、昭和60年5月には、くにうみの祭典に出演(兵庫県淡路島)、正しく魚津せり込み蝶六は全国に知れ渡ったのである。

・昭和51年11月3日富山県文化功労賞受賞
・昭和58年9月28日全日本郷土芸能協会表彰受賞
・昭和59年1月1日富山県郷土芸能保存団体の指定を受ける

 【郷土民謡みのりの会結成Top ▲
 長い間保存会で活躍された三井先生の病気、三味線の水白・浜田両氏の退会などがあり、「唄・地方」の育成が急がれた。
・昭和52年5月、当時の富山大学教授黒坂富治先生(富山市五福青山 明治44年8月1日生)富山県民謡名人会会長と育成のあり方について相談をし、同年8月郷土民謡みのりの会を結成する。その間、唄・地方の技術向上を目的として毎夜熱のこもった練習に明け暮れた。また市内に埋もれた古民謡などを発掘し、昭和53年3月第1回郷土民謡まつりをはじめ、昭和54年・55年・58年と4回にわたり発表会を行った。その成果もあり、出島洋、清水清治、斉木佐智子、野崎昭雄、中島政行、宮野義昭など保存会入会となる。また一般盆踊りの若い唄い手も育てることが出来た。 このように郷土民謡みのりの会は、新しい保存会の唄・地方の基礎作りをしたのである。郷土民謡みのりの会は若手育成を果たし、昭和58年6月に解散する。
※地方…楽器を弾く人を言う。 

保存会四つのスローガンを合言葉にTop ▲

★保存会の合言葉1.保存 2.育成 3.普及 4.宣伝 

昭和60年代にはいると保存会も東京への出演をはじめ各県に数多く出演するようになった。
昭和61年 富山県民謡大賞特別出演をはじめ(KNBテレビ放映)、NHK北陸の民謡テレビ出演などがあり、また6月にはビクターレコード吹込みがあった。11月には保存会創立40周年記念第3回ふる里民謡の祭典が市民会館で盛大におこなわれた。
昭和62年 いきいき富山キャンペーン東京をはじめNHK北陸の芸能テレビ出演があった。
昭和63年 岐阜県での中部未来博に出演、又12月14日には東京五反田ゆうぽうと大ホールで、故郷の歌と踊り日本一第5回日本民謡民舞大賞全国大会に出場し、(プロ・アマ問わず)みごと審査員特別賞を受賞した。尚、この賞は郷土色が最も優れているチームにあたえられる名誉ある賞であり、保存会としては本当にうれしい賞であった。
平成元年9月 世界デザイン博に出演(名古屋)
平成2年4月 県代表として大阪花博に出演、さらに10月には北信越代表として四国松山での第5回国民文化祭に出場した。
平成3年 全国観光物産展に県代表として東京ドームに出演し、5月には富山キャンペーン(東京品川大井町)に出演した。同年11月地域文化功労団体として栄えある文部大臣表彰を東京で受賞した。
平成4年 JR冬のカーニバルに出演(石川県金沢市)さらにジャパンエキスポ富山博式典ならびに富山の民謡に出演(NHKテレビ放映)した。その他、利賀村世界そば博など出演依頼もあった。
平成5年 KNBふる里の伝承にテレビ出演。8月には長野信州博に県代表として出演し、おなじく12月には北陸観光冬のキャンペーンに東京駅広場などで出演した。
平成6年 和歌山世界リゾート博に県代表として出演
平成7年3月 阪神大震災の被害者を勇気づけようと、松下電子労働組合と混合チームで民謡慰問などをした。
平成8年3月(20日〜26日) チェンマイ建国七百年祭ならびにタイ国王シリキット王妃50年祭に出演する。8月には第38回近畿東海北陸ブロック民俗芸能大会に出演、さらに10月には第11回国民文化祭富山’96に出演した。10月20日には保存会創立50周年記念第4回ふる里民謡まつりが新川文化ホールで盛大におこなわれた。
平成9年 いきいき富山キャンペーンなどに出演
平成10年7月 食祭富山’98(神戸グリンスタジアム)に出演した。

このようにせり込み蝶六保存会は県や市の観光行政の一助として全国各地へ出演をし、また身体障害者や老人ホームならびに災害地への民謡慰問などボランティア活動にも積極的に活動をしている。なお蝶六保存会は毎年30回あまり各地に出演をしている。

 ○富山県民謡民舞連盟
 富山県民謡民舞連盟は、富山県各地で受け継がれている民謡・民舞を保存伝承している団体が集まって、昭和27年に結成されました。現在、20団体が加盟しており、富山県芸術祭のほか全国や海外等に数多く参加・招請され、素朴で味わい深い民謡の普及に努めています。 

伝承者名簿Top ▲

★蝶六保存会唄手伝承者
初代  先名吉次郎(魚津市村木)
二代目 富山幸太郎(魚津市下村木)
三代目 三井清(魚津市島尻)昭和24年〜昭和53年まで 29年間
四代目 吉川幸一(魚津市仏田)昭和25年〜41年まで 16年間
五代目 宮坂彦成(魚津市大海寺新)昭和40年〜現在
六代目 宮野義昭(魚津市大海寺野)昭和55年〜現在

★蝶六保存会踊りの部伝承者
○魚津市火の宮に伝えられる踊り
初代  先名米次郎(魚津市村木)
初代  中森重次郎(魚津市下村木)
○魚津市大海寺新に伝えられる踊り
初代  盛永宗右衛(魚津市大海寺新)
二代目 宮坂元次郎(魚津市大海寺新)
三代目 宮坂知一(魚津市大海寺新)
○魚津市石垣に伝えられる踊り
初代  早勢宗左ヱ門(魚津市石垣村)
二代目 早勢菊一(魚津市石垣村)

★保存会発足後の伝承者(火の宮)
先名義太郎(魚津市下村木)
先名孝市(魚津市火の宮)
永田道治(魚津市村木)
先名孝吉(魚津市火の宮)
永田源作(魚津市大海寺野)
笹木幸夫(魚津市下村木)
中森重義(魚津市北鬼江)
小川義一(魚津市火の宮)
熊本義男(魚津市火の宮)
先名絹枝(魚津市村木)
先名進(魚津市末広町)
先名弘(魚津市大海寺新)
先名則男(魚津市火の宮)
なお、浦田晃氏(魚津市末広町 大正15年9月25日生)は永年にわたり保存会の世話人としてご尽力されました。 

蝶六保存会歴代会長名Top ▲

初代   大沢浩太郎(旧道下村村木)昭和21年〜25年
二代目  中村間土雄(旧道下村村木)昭和26年〜27年
三代目  堀内甚吾(魚津市下村木)昭和28年〜30年
会長代理 先名義雄(魚津市下村木)昭和30年10月〜31年
四代目  先名孝市(魚津市火の宮)昭和32年〜38年
五代目  小川義男(魚津市火の宮)昭和39年〜42年
六代目  高野由郎(魚津市中央通り)昭和43年〜50年
七代目  小川潔(魚津市火の宮)昭和51年〜54年
八代目  佐竹俊夫(魚津市大海寺野)昭和55年〜58年
九代目  宮坂彦成(魚津市大海寺新)昭和59年〜62年
十代目  先名進(魚津市末広町)昭和63年〜平成8年
十一代目 広田俊成(魚津市大海寺野)平成9年〜11年
十二代目 宮坂新太郎(魚津市大海寺新)平成12年〜20年
十三代目 野崎昭雄(魚津市出)平成21年〜26年
十四代目 宮坂新太郎(魚津市大海寺新)平成26年〜
 

蝶六保存会後援会歴代会長名Top ▲

初代  千田稔(魚津市大光寺)昭和56年〜
二代目 廣瀬敏雄(魚津市大海寺野) 

レコードカセットテープ吹込み記録Top ▲

○昭和41年5月8日 NHK録音 NHK富山スタジオ
♪せり込み蝶六
(唄)三井清・吉川幸一(はやし)宮坂彦成(三味線)佐竹俊夫(胡弓)島津繁夫(太鼓)古川忠孝
○昭和42年8月9日 東芝レコード吹込み 北日本放送
♪せり込み蝶六
(唄)宮坂彦成(はやし)浦田晃(三味線)佐竹俊夫(胡弓)島津繁夫(太鼓)古川忠孝
○昭和44年5月17日 ビクターレコード吹込み NHK富山スタジオ
♪富山の民謡 ♪せり込み蝶六
(唄)三井清(はやし)宮坂彦成(三味線)佐竹俊夫(胡弓)島津繁夫(太鼓)古川忠孝
○昭和47年6月12日 コロムビアレコード吹込み NHK富山スタジオ
♪ふるさとの唄 ♪羽根曽
(唄)三井清(はやし)宮坂彦成(三味線)佐竹俊夫(胡弓)森久一郎(太鼓)古川忠孝
♪魚津祭文松坂
(唄)宮坂彦成(はやし)三井清(三味線)佐竹俊夫(胡弓)森久一郎(太鼓)古川忠孝※祭文松坂は魚沼松坂発祥の地、新潟県立図書館に保存されています。
○昭和49年11月29日 保存会館 富山県民謡採録採譜事業 カセットテープ吹込み
♪魚津の民謡 ♪羽根曽音頭 ♪大道音頭 ♪祭文松坂 ♪古代神 ♪慰斗川崎 ♪輪島 ♪石かつ唄 (唄)菊川与次郎・三井清・宮坂彦成
※このテープは富山県立図書館に保管されています。
○昭和51年10月17日 越中の民謡 カセットテープ吹込み 大谷温泉
♪せり込み蝶六 ♪石かつ唄
(唄)宮坂彦成(はやし)黒田工(三味線)水白勉(胡弓)森久一郎(太鼓)古川忠孝
○昭和55年1月26日 青少年ホーム
♪せり込み蝶六 ♪羽根曽音頭 ♪祭文松坂 ♪蝶六盆踊り音頭 ♪二十八日口説き(唄)宮坂彦成(はやし)黒田工(三味線)佐竹俊夫・清水清治(胡弓)森久一郎(太鼓)出島洋
○昭和57年9月5日 上田録音カセットテープ吹込み
♪せり込み蝶六 ♪のし川崎 ♪千秋楽入り ♪盆踊り
(唄)宮坂彦成・黒田工(太鼓)出島洋
○昭和59年12月29日 北陸民謡の旅 カセットテープ吹込み 金沢スタジオ♪せり込み蝶六
(唄)宮坂彦成(はやし)加賀山昭(三味線)佐竹俊夫(胡弓)森久一郎(太鼓)出島洋
○昭和60年9月12日 富山の民謡 レコード吹込み 富山サウンドスタジオ♪せり込み蝶六
(唄)宮坂彦成(はやし)宮野義昭(三味線)野崎昭雄(胡弓)清水清治(太鼓)出島洋
○昭和60年11月20日 ビクターレコード吹込み 富山サウンドスタジオ♪せり込み蝶六
(唄)宮坂彦成(はやし)宮野義昭(三味線)野崎昭雄(胡弓)清水清治(太鼓)出島洋
○平成7年3月6日 コロムビア吹込み カセットテープ・CDレコード 新川文化ホールスタジオ(唄)宮坂彦成(はやし)宮野義昭(三味線)佐竹俊夫・野崎昭雄・斉木佐智子(胡弓)清水清治(太鼓)出島洋

 

三味線解説Top ▲

中国では14世紀頃から三線があったと謂われている。我が国へ三線が伝わってきた紀元は永禄年間(室町末期)に沖縄を経て三線(後の三味線)が伝わってきたと謂われている。日本の民謡に多く三味線が入れられるようになったのは、昭和の初期にかけてと言われ花流界の影響が非常に大きかったと謂われている。蝶六保存会に初めて三味線が入れられたのが、昭和33年富山国体に出演した際に村口ヒサエ氏(明治生)の門付けによって弾かれたのが初代と言われている。

○蝶六三味線の心得
1.リズムの調和
元来蝶六音頭は口説き節の一種であり歌は単調であるが、しかし節だけはしっかりと覚えていなければならない。練習をするときは必ず自分の心で歌い空弾きを弾かれるようになることが大切である。
2.感動
やはり民謡はふる里の心であり、唄い手の歌う詞章をよく聞き、素直な気持ちで弾く心が大切である。そうすれは必ず見る人、聞く人に感動を与えると思う。

○三味線の種類
・細棹三味線・中棹三味線・太棹三味線・蛇味線などがありせり込み蝶六保存会ではおもに細棹・中棹三味線が使用されている。 

蝶六保存会三味線伝承者Top ▲

初代  村口ヒサエ(魚津市新地)
    大崎毅(魚津市北鬼江)
    佐竹俊夫(魚津市大海寺野)
    水白勉(魚津市六郎丸)
    浜田長蔵(魚津市北中)
    野崎昭雄(魚津市出)
    斉木佐智子(滑川市野町)
    中島政行(滑川市大榎) 

保存会胡弓伝承者Top ▲

初代  島津繁夫(魚津市三ヶ)
    森久一郎(魚津市天神野新)
    清水清治(滑川市栗山)
    黒田勇治(上市町中江上) 

打楽器解説Top ▲

打楽器の紀元は遠い古代からのもので中国から朝鮮へと伝わりやがて日本に伝来してきたものといわれている。その打楽器にはさまざまな種類があるが、とくに民謡では太鼓がリズムの調和をとるためにかかすことのできないものとされてきた。太鼓の種類には楔締め太鼓、枠鼓太鼓、鋲止め太鼓などがある。日本の民謡に太鼓が入るようになったのが昭和の初期頃からといわれている。せり込み蝶六では昭和39年近畿東海北陸伝統芸能大会に富山県代表として出場した際に、古川忠孝(大正生)の考案により初めて太鼓が入れられた。現在せり込み蝶六に使用されている太鼓は、おもに鋲止め太鼓であるが舞台の狭い所では枠鼓太鼓が使用されている。尚、鉦は昭和56年NHK民謡の祭典に出演した際に初めて入れられた。蝶六の太鼓には2つの基本がある。その1つはリズムの調和であり、その2は心である。ありがたい念仏の音頭をよく聞き御恩報謝の心をもって叩く事がなによりも大切なことではないか。 

★保存会太鼓伝承者
古川忠孝(魚津市友道) 熊本義男(魚津市火の宮) 出島洋(魚津市北鬼江) 

舞台踊りの解説Top ▲

 私達の遠い祖先から伝承されて来たこの舞台踊りは、昔から市内三ヶ所に分布して伝えられてきた。村木火の宮に伝えられる「奴子踊り」、上野方大海寺新に伝えられる「広大寺踊り」、上野方石垣村に伝えられる「川崎踊り」である。どの地域の踊りを見てもそれぞれの特徴が非常によく出ている。昭和45年に蝶六保存会と野方会が合併してからは、それぞれの踊りを入れて各地に出演をするようになった。舞台踊りとは元一般盆踊りの平踊りではなく、御座敷踊りと言って踊り子と言う名の若者達が「前掛け」「たすき」「はち巻き」などをして勇ましい姿で踊った振り付けのことである。踊りの手数は一般踊りの平踊りと同じく14である。(蛇の目踊りは除く)
 せり込み蝶六の特長は踊躍歓喜「念仏」「祈り」「感動」「喜び」の踊りであり、見る人の心も引き付ける素晴らしいものである。

○踊りの種類
手踊り(勢振り、山中踊り)・蛇の目踊り・花笠踊り・提灯踊り・菅笠踊り・扇子踊り(勢振り踊り、けはん結び、川崎づくし、波踊り)などがある。
その他、刀踊り・たすき踊り・姿見踊りなどがあるが、現在は踊られていない。

○扇子踊りの意味
多種多様なものを持って踊る踊りがあるが、その中でも扇子踊りが一番多い。その理由は、昔から扇子には末が広がると言う意味があり、誠に芽出度いものと言われてきた。したがってせり込み蝶六踊りは踊躍歓喜の踊りであり扇子はその象徴である。その他の踊りは仕種から名付けられている。

 Top ▲



おもな出演

昭和21年11月   せり込み蝶六保存会発足
昭和23年      第3回富山県民謡大会優勝
昭和27年      魚津市無形民俗文化財に指定
昭和29年      富山産業博に出演
昭和33年      富山国体に出演
昭和36年      NHKテレビ「ふる里の唄」に出演
昭和37年      NHKテレビ「越路の唄」に出演
昭和39年 5月   近畿・東海・北陸12県伝統芸能大会に出演(三重県文化会館)
昭和40年      全国民謡おどり大会に出演(富山市公会堂)
昭和41年      NHKのど自慢ゲスト出演(黒部市)→ 全国テレビ放映
昭和42年      富山本願寺西別院落成記念に出演
昭和45年 7月   日本万国博覧会に出演(大阪)
昭和48年      東京都多摩市産業祭に出演
昭和52年      日本民謡連合会郷土民謡大会ゲスト出演(大阪サンケイホール)
昭和53年      日本海民謡まつりに出演(富山市公会堂)
昭和56年10月   第7回NHK民謡の祭典に出演(NHKホール)→ 全国テレビ生放送
昭和57年      北信越芸能大会(福井県芦原観光会館)
昭和58年      置県百年式典記念式典
昭和58年 9月   芸術祭特別公演 第7回日本民謡まつり・中部日本代表として出演(主催:文化庁・東京国立劇場)
昭和58年11月   第5回国際コミュニケーション記念日本の民謡北から南からに出演(東京中野サンプラザホール)
昭和59年      NHK北陸の芸能に出演(石川県金沢厚生年金会館)
昭和60年 5月   くに海の祭典に出演(兵庫県淡路島)
昭和63年      ぎふ中部未来博に出演(岐阜県長良川畔)
昭和63年      第5回日本民謡民舞大賞全国大会(東京五反田ゆうぽ〜と大ホール)審査員特別賞受賞(郷土色日本一)
平成 元年 9月   名古屋世界デザイン博に出演(名古屋市)
平成 2年 4月   大阪花博に出演(富山県代表)
平成 2年10月   第5回国民文化祭に出演・北信越代表(四国松山市)
平成 3年      ふるさと県物産展・ふるさとステージに出演(東京ドーム)
平成 3年 5月   富山県物産展キャンペーンに出演(東京品川大井町・阪急デパート)
平成 3年      竜鉄也(歌手)コンサート・ゲスト出演(魚津市民会館)
平成 4年      JETジャパンエキスポ富山博に出演(小杉町太閣山)
平成 5年      KNBテレビ ふる里の伝承に出演(北日本テレビ)
平成 5年      アシアナ航空記念式典(富山県)
平成5年 8月    信州博に出演(長野県)
平成 5年12月   北陸へいらっしゃいキャンペーンに出演(東京駅)
平成 6年      世界リゾート博に出演(和歌山市)
平成 7年 3月   阪神大震災被災地慰問踊り披露(神戸市)
平成 8年 3月   チェンマイ建国七百年祭・タイ王国シリキット王妃五十年祭に出演(3/20〜3/26)
平成 8年10月   第11回国民文化祭とやまに出演・皇太子ご夫妻来県(富山市内パレード)
平成10年      第40回自然公園大会に出演・常陸宮ご夫妻来県(大山町)
平成10年 7月   食祭とやま・いきいき富山コシヒカリナイターキャンペーンに出演(神戸グリーンスタジアム)
平成12年      淡路花博ジャパンフローラ2000に出演(兵庫県淡路島)
平成13年      伊勢神宮奉納民謡舞大会に出演(三重県伊勢市)
平成14年      古川町民謡まつりに出演(岐阜県古川町)
平成14年      全国郷土芸能大会に出演(オーバードホール)
平成15年      とやま森の祭典に出演(魚津市桃山公園)
平成15年 9月   楽しい民謡の集いに出演(岐阜県鳥羽市)
平成16年 7月   女子野球世界大会に出演(東京第一ホテル魚津)
平成17年 4月   NHK東西対抗ふるさとクイズに生出演(NHK富山)
平成17年10月   第20回国民文化祭ふくいに出演(福井県)
平成18年 8月   越中民謡の祭典に出演(オーバードホール)
平成19年 9月   越中民謡の祭典に出演(オーバードホール)
平成20年10月   越中民謡の祭典に出演(オーバードホール)
平成22年 1月   雪の越中唄街道に出演(南砺市上平村)
平成22年 5月   上海万博に出演(中国・上海)
平成22年 8月   越中おわら宇奈月 仲秋の部出演(黒部市宇奈月町)
平成22年12月   和光会発表会に出演(大阪市)

平成15年 〜     東京魚津会総会に出演(東京)

【表彰】
昭和49年      魚津市表彰受賞
昭和50年 3月   富山新聞表彰受賞
昭和51年11月   富山県文化功労賞受賞
昭和58年 9月   全日本郷土芸能協会表彰受賞
平成 3年11月   地域文化功労団体として文部大臣表彰受賞
平成 4年1月    新川経済倶楽部地域社会賞受賞
平成20年11月   北日本新聞地域社会賞



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